お 礼 参 り 
平成21年5月30日
信濃 定額山 善光寺(1) 回向柱
6時5分家を出たときは本降りの雨でした。 大宮駅6時50分発のあさま501号に乗りました。
途中から雨は上がりました。 8時04分 長野に着きました。 駅のコンコースには善光寺大開帳に関する垂れ幕が下がっていました。
長野駅から歩き始め、8時34分に十一丁の丁石に着きました。長野駅からは十八丁あるとのことです。 一丁=60間=約109m
8時40分 九丁に来ますと、歌舞伎座に似たような建物がありました。 北野文芸座でした。
大門南の交差点に来ました。 8時49分四丁まで来ました。 善光寺郵便局が見えました。
8時51分善光寺参道の入り口に来ました。  急に道幅が狭くなり自動車はここから先は通れません。
参道の両脇は宿坊が並んでいました阿。 8時54分仁王門が見えてきました。
阿形 伏見宮貞愛親王筆 扁額「定額山」 吽形
仁王門をくぐると、ここから人が並んでいました。  係の人に「回向柱まで2時間待ちです。」と言われました。
9時32分 三門に近付きました。  右側に八百屋お七の伝説があります延命地蔵の濡れ仏さん(享保七年)が迎えていました。
輪王寺宮公澄法親王筆「善光寺」 通称「鳩字の額」と呼ばれ、鳩が五羽隠されています。
三門の階段を上がっている人が後ろを振り返って見ているのは、ずうっと繋がっている人の群れです。
           9時50分 三門を通り過ぎると回向柱が見えてきました。    
10時02分 回向柱に辿り着きました。 
前立御本尊阿弥陀如来様の右手の中指に結ばれた金色の糸が、白い善の綱と結ばれた回向柱に触れることができました。
家族の健康と安全、先祖様の供養、身近で亡くなられた方々の供養、残された方々のご加護、そして札所結願成就をお祈りしました。
回向柱は、大勢の人々の手で真っ黒になっていました。
善光寺本堂に安置される御本尊一光三尊阿弥陀如来は、白雉5年(654)以来の秘仏とのことです。
その後、鎌倉時代に御本尊の御身代わりとして前立本尊が造られ、拝されるようになりました。
前立本尊は、一つの光背の中央に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が並ぶ、
善光寺独特の一光三尊阿弥陀如来のお姿をされています。
普段は御宝庫に安置されていますが、七年に一度の御開帳の時だけ、特別にお姿を拝むことが叶います。
善光寺は、一宗一派にこだわらなく宗派を越えたお寺さんです。
それは善光寺が、三国伝来の日本で初めての仏様を本尊(一光三尊阿弥陀如来)とし、日本仏教の根源であると考えられてきたからです。
本堂は無宗派ですが、現在天台宗と浄土宗の住職さんが御本尊様をお護りしています。
小松玄澄ご貫主様(天台大勧進)と鷹司誓玉お上人様(浄土宗大本願)が、善光寺のご住職としてお勤めになっています。
5月31日、午後五時の夕座法要で同寺大本願の鷹司誓玉(たかつかさせいぎょく)上人が前立本尊の厨子の扉を閉めて大開帳は閉じました。
4月5日から5月31日まで過去最高の673万人がお参りしたとのことでした。